浄土真宗 佛光寺派 新潟教区

真宗佛光寺派新潟教区 機関紙とびら

58号 聖典学習会 冬季児童大会

機関紙とびら58号です。ぜひご覧ください。

58号 聖典学習会 冬季児童大会

–以下、一部抜粋–

三月十一日、東日本大震災二周年追悼式がしめやかに執り行われ、ご遺族代表の言葉がありました。その中から岩手県遺族代表・山根りんさんの言葉を紹介させて頂きます。

私は日々便利になっている世の中を当たり前だと思っていました。毎日学校に通い、家族と一緒にご飯を食べること、母がいつもそばに居てくれることも当たり前だと。あの日が訪れる前までは。

ちょっとしたことで腹を立ててみたりイライラしてみたり。もっとこうして欲しいとか、ああして欲しいと外に対する要求ばかり。いっしょに暮らしていつも身近にいるから我がままになりがちですが、それが言えるのもまた家族であるからです。ところがある日突然の災害で、人の命が奪われ家族がバラバラになっていく。災害の起こるその日の朝、そんな悲劇が起こると誰が予想したことでしょう。当たり前にその日を迎え、当たり前に今日の日を過ごせると思って一日は始まりました。浄土真宗では、人と人との「出会い」をあえて「出遇い」と書きます。「遇」は「遭遇」とか「千載一遇」で使われます。「遭遇」は偶然に巡り会う。「千載一遇」は千年に一度の出遇いを表します。それだけ人と人との出遇いが難しく稀有なことであるのでしょう。私たちは毎日人と出会いながらも本当に出遇っているのでしょうか。普段の何気ない日常の生活の中で、実は大切な出会いを日々出遇い続けている。かけがえのないいのちと毎日出遇っている。そのことを痛切に教えられる言葉でした。日々の出遇いをどう喜べるか、それが人として生まれた大きな課題なのでありましょう。

お知らせ

親鸞聖人を訪ねて 本山佛光寺